現代人の人生観・価値観

現代人の人生観といっても、実際は人それぞれでありましょう。
しかし、押しなべて言えば以下に記したような人生観をもって生きている人が多いのではないかと思います。
そして、このことと現代人が持っている心の傷や重荷は大きなつながりというか必然性を持っていると思います。

人の生き方は、人生観、ないしは価値観に基づく人生目標や信念によって左右されます。そこで大切なことは、多くの現代人が何のために、どう生きようとしているか、またげんに生きつつあるかを知ることです。現代人の思想と行動を見聞することで、現代社会の様相のおよその見当がつきます。

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第1に、現代人は「強くなること」を望んでいます。

それは、強くなれば幸福になれる、という思い込みによります(逆にいえば、弱いことは不幸なことだ、という固定観念があります。知力や身体面にハンディキャップを負っている人や、病弱で寝たきりの人は不幸なのだ、というとらえ方がそれです)。

第2に、現代人は衣食住という生存のための諸条件をよくし、贅沢に暮らすことを望んでいます。

それは、贅沢になればなるほど、ますます幸福になれる、という思い込みによります(逆にいえば、貧しいことは不幸なことだ、という固定観念があります。豪邸に住み、暖衣飽食の毎日こそが最高の幸福だ、と主張する人がす)。現代人は社会的地位があがることを望んでいます。

第3に、現代人は社会的な地位が上がることを望んでいます。

それは、地位が高くなればなるほど人は偉くなるのだ、という思い込みによります(逆にいえば、地位の低い人はとるにたらないのだ、という固定観念があります。多くの子どもや若者たちは「君の将来は見込みがない」といわれ、絶望します。

第4に、現代人は成績や業績のあがることを望んでいます。

そこには、人間としての価値は、上げた業績や実績で決まるという思い込みがあります。成績や業績があがればあがるほどその人の「人間としての価値」は高まる。逆に、成績や業績の低い人はレベルの低い人だ、という固定観念があります。

第5に、現代人は、以上の1〜4を実現する「成功者」になることを望んでいます。

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要するに、現代人の抱いている人生観・価値観とは、表現しなおすならば、「富」や「名誉」を得ることで幸福になるのであり、その「富」や「名誉」を得ることこそが生きがいなのだという思い込みによって描かれている、ということになりましょう。

その典型は、個々人のサクセス・ストーリーのみならず、例えばかつての世界の列強の植民地政策にもみられたようなものです。そこに人びとは「幸福」を求めたのですが、条件が「富」であり、「名誉」でした。それらを得るために懸命に働いたのです。

煎じ詰めると一人一人には「他よりも多くの富を、また名誉を得たい」という潜在的な願望があることは否定できず、親しい者といっても、所詮ライバルである場合が多いものです。だれもが他より多くの「富」を、他よりも高い「名誉」を、と望み、自己を鞭撻し、競争(闘争)心を燃やしていくそのエネルギーは想像以上に強かったと想像されます。その原動力は人びとの競争心(闘争心)を燃やしていくエネルギーにありました。富を得れば、人は例外なく幸福になれる。

名誉に浴する人は幸福になれる。この人生観は長い世界の歴史を通して変わることがありませんでした。日本においても、戦国時代の「土地争い」や「後継者争い」のみならず、国内の紛争がおさまったあとでも、営利や功名のための競争(闘争)は連綿とつづいて今日に至っています。

イデオロギー間の、政党間の、団体間の、企業間の、各部局間の、そして個人間の(目に見えない)競争(闘争)は絶えることがなく、それに費やされたエネルギー(それに知力、金銭、時間)は莫大であり、それによって、この社会は繁栄し、進歩し、発展したように人びとの目には映りました。

  

経済大国、という言葉もそれを言い表しています。
ところが、いつのまにか、特に現代という時代ほど、
子どもたちの瞳が、輝きを失ってきていること、
たくさんの人たちが、心の傷や痛みで苦しんでいることに
しかも、それはとても大きな痛みであるということに
気づかされるようになってきたのです。