聖書の読み方2・概観

 外国から日本に帰ってくるとき、
飛行機の上から日本列島が見えたとき、
「ああ、帰ってきたんだ、とほっした経験があります。」

ひとつの地点で生活しているときも、
飛行機の上から、あるいはロケットの上から、
あるいは、月や他の惑星からその地点を見下ろせば、
また、違った見方が出来るに違いありません。

 宇宙飛行士たちの多くが、宇宙から帰ってから、
神の存在を確信したと告白するようになったり、
牧師や、伝道者になった方もあることはよく知られていることですが、

残念ながら私たちは、宇宙にいって地球を見るようなことは
先ず不可能なことです。

 しかし、全体的な理解をもちながら、部分を理解していくということは
理解できることでしょう。

 聖書も、そのように読んでいくことが大切であると思います。
聖書の全体から、だんだん詳細に迫っていくほうが
全体の中での各書の位置づけなどを見失わずに読めると思います。

 聖書は、たった数行の言葉でも掘り下げればいくらでも得ること
があります。それほど深みがあり豊かさがある書物です。

 ですが、聖書全体を通して、その言わんとすることをわきまえずに
部分的に掘り下げる読み方をする人には、共通の弱点があります。

それは、いつまでたっても聖書を自分のものにできた実感が
ないということです。

もちろんこの実感は、謙虚さから来る実感ではありません。
学べば学ぶほど、自分の無知や、無力さがわかりましたとか
そういう意味ではありません。
この実感は「自信のなさ」から来る実感です。

 聖書を長年学んできたし一つ一つの言葉の掘り下げは
すごくしてきたけれど

全体像がいまだに見えていない
とても基本的な質問にすら答えられない・・・
そのような自信のなさが常につきまとうのです。

それを解消する意味でも
まず全体をだいたい把握しながら、聖書の詳細に迫っていく
そしてまたちょっと立ち止まって
引いて見て、全体像を確認する。

立ち位置を確認したら
また詳細に入っていく。

このほうが行き当たりばったりの思いつきの学びになったり、自分
の居場所を見失わず着実に聖書を学んでいけると思います。

この、全体から捉えていくという
 学び方は、聖書の、旧約聖書から新約聖書の全体を、
高い視点から見ていくことであり、神が私たちのために与えてくださった救済の歴史の全体を眺めながら見ていくということでもあります。

 そのためにはやはり、あなたが聖書を読んでいくための手ほどきをしてくれる人と共に学ぶのがよいと思います。

 このように、聖書を理解していくようになると、あなたの心には、
神が共におられる喜び、自分が救われた確信、生きるための確かな土台が
備えられていく事に気が付かれるようになるでしょう。