23:17 (†底本に節が欠落 異本訳)祭りの度ごとに、ピラトは、囚人を一人彼らに釈放してやらなければならなかった。

23:18 しかし、人々は一斉に、「その男を殺せ。バラバを釈放しろ」と叫んだ。

23:19 このバラバは、都に起こった暴動と殺人のかどで投獄されていたのである。

23:20 ピラトはイエスを釈放しようと思って、改めて呼びかけた。

23:21 しかし人々は、「十字架につけろ、十字架につけろ」と叫び続けた。

 

イエス様は、ローマ総督であるポンテオ・ピラトの下で裁判をお受けになりましたが、人々の証言を聞いても、取り調べをしても、イエス様のうちには何の罪も見出すことが出来ませんでした。

 

それで、ピラトは、イエスは無罪であり、釈放すべきであると判断しました。それで、過ぎ越しの祭りが行われているこの時、慣例として一人の囚人を釈放することになっていましたので、ピラトは、イエスかバラバかいずれかを釈放することを人々に提案しました。

 

「バラバは、都に起こった暴動と殺人のかどで投獄されていた」人であり、誰が見ても有罪とされるような人物でした。

 

ところが、「人々は一斉に、「その男を殺せ。バラバを釈放しろ」と叫んだ。」と言われています。ここで言われている「人々」のうちの多くは、かねてからイエス様を殺そうと企てていた祭司長・律法学者などユダヤの最高議会の議員たちであったと思われます。

 

この中には、イエス様の母マリヤやイエス様を慕っていた女性の弟子たちなどもいたと思われますが、それはごく少数の者に過ぎませんでした。大多数の人々は、狂ったように「イエスを十字架につけよ」と叫んだのです。

 

祈り

 

天の父なる神様、神の前にも人の前にも、何の罪もない神の御子イエス・キリストが、私たち罪人と同じ立場に身を置いて、ご自身を神の前に清いいけにえとしてささげて、大祭司としての働きを行ってくださいました。「彼は軽蔑され、人々に見捨てられ/多くの痛みを負い、病を知っている。彼はわたしたちに顔を隠し/わたしたちは彼を軽蔑し、無視していた。」(イザヤ53:3)というみ言葉が成就しました。私たちを救うために何としてもすべての預言を実現しようとするあなたの恵みを感謝いたします。

イエス・キリストの御名前によって祈ります。アーメン。