24:17 イエスは、「歩きながら、やり取りしているその話は何のことですか」と言われた。二人は暗い顔をして立ち止まった。

24:18 その一人のクレオパという人が答えた。「エルサレムに滞在していながら、この数日そこで起こったことを、あなただけはご存じなかったのですか。」

24:19 イエスが、「どんなことですか」と言われると、二人は言った。「ナザレのイエスのことです。この方は、神と民全体の前で、行いにも言葉にも力のある預言者でした。

24:20 それなのに、わたしたちの祭司長たちや議員たちは、死刑にするため引き渡して、十字架につけてしまったのです。

24:21 わたしたちは、あの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました。しかも、そのことがあってから、もう今日で三日目になります。

24:22 ところが、仲間の婦人たちがわたしたちを驚かせました。婦人たちは朝早く墓へ行きましたが、

24:23 遺体を見つけずに戻って来ました。そして、天使たちが現れ、『イエスは生きておられる』と告げたと言うのです。

24:24 仲間の者が何人か墓へ行ってみたのですが、婦人たちが言ったとおりで、あの方は見当たりませんでした。」

 

エルサレムからエマオという村に向かっている二人の弟子たちは、イエス様の十字架での死と葬り、そしてその後イエス様の遺体がお墓から無くなっているということについて話し合っていましたが、彼らが話し合って歩いているところに復活のイエス様がその話し合いに加わりました。

 

その弟子のひとりであるクレオパという人は、イエス様に、「エルサレムに滞在していながら、この数日そこで起こったことを、あなただけはご存じなかったのですか。」と尋ねています。この当時、エルサレムの町ではこの話題で持ちきりだったということでしょう。

 

この二人の弟子は、弟子と言われていますので、イエス様の12弟子たちにも会って話をしていたと思われますし、マグダラのマリアにも出会って、その時の様子を聞いたのではないかと思われます。

 

けれども、イエス様がかねてから言われたことが起こった、イエス様は復活したと言われても、死んだ人が復活するということを信じることは難しいことでした。

 

復活のイエス様は、この弟子たちと普通に話をしていたようですから、復活されたイエス様の姿は幽霊のような姿ではなく、まさしく私たちと同じ人間としての体をもって復活された姿であったと思われます。普通に言葉を交わすことも出来たのです。

 

祈り

 

天の父なる神様、イエス様に従っていきたい、と思っていた弟子たちは、いわゆる12弟子だけではなく、今日の聖句に出てきた人たちや、女性たちも含まれていました。彼らもイエス様が十字架につけられた時には、失望落胆していたに違いありません。けれども、やがて復活のイエス様に出会い、聖霊が降った時に、その信仰が確かなものとされて、確信をもって福音を宣べ伝える者とされていきました。そのように、人々を新たにしてくださるあなたの恵みを感謝いたします。

イエス・キリストの御名前によって祈ります。アーメン。