神は、その力を働かせてわたしに恵みを賜り、この福音に仕える者としてくださいました。この恵みは、聖なる者たちすべての中で最もつまらない者であるわたしに与えられました。わたしは、この恵みにより、キリストの計り知れない富について、異邦人に福音を告げ知らせており、すべてのものをお造りになった神の内に世の初めから隠されていた秘められた計画が、どのように実現されるのかを、すべての人々に説き明かしています。エフェソ3:7~9

パウロはここで自分のことを「聖なる者たちすべての中で最もつまらない者であるわたし」と述べています。彼は以前教会を迫害していたという事実を思い起こし、個人的にはこのような務めに値しないものであることを告げているのです。

けれども、私たちはどうかといえば、私たちも神の恵みを受けるには値しない者ではないでしょうか。神によって多くの恵みをいただきながら日々罪を犯し、悔いてはまた犯してしまう弱さを抱えています。キリストの計り知れない富(祝福)をいただくに値するような素晴らしい者ではないことを、聖なる神の前に出るときにつくづく教えられます。

だからこそ、これは恵みとして与えられるといわれているのです。「福音」とは、良き知らせという意味の言葉ですが、これは単なる知らせという以上に、私たちに神との平和をもたらし、その罪を赦し、永遠の命を与える神の恵みの力がここには示されているのです。

祈り

天の父なる神様、あなたはその恵みによって、はかり知ることのできない祝福に与らせて下さいますが、それはあなたのひとり子の生涯と十字架の死と復活によって、大きな代償を払ってもたらされたものです。あなたの愛の深さをしみじみと覚えて感謝いたします。

イエス・キリストの御名前によって祈ります。アーメン。