9:23 イエスは指導者の家に行き、笛を吹く者たちや騒いでいる群衆を御覧になって、

 9:24 言われた。「あちらへ行きなさい。少女は死んだのではない。眠っているのだ。」人々はイエスをあざ笑った。

 9:25 群衆を外に出すと、イエスは家の中に入り、少女の手をお取りになった。すると、少女は起き上がった。

 9:26 このうわさはその地方一帯に広まった。

 

イエス様は指導者の家に行き、笛を吹く者たちや騒いでいる群衆をご覧になりました。この家に、笛を吹く者たちや騒いでいる群衆がいたことは、すでに娘の葬りの式が始まっていたと思われます。

 

当時のユダヤでは、人が亡くなると死んだその日に墓に葬られました。娘が無くなったことが分かると、家の者が葬儀のために笛を吹く者たちや泣き女たちを呼んで来たと思われます。

 

しかし、イエス様は彼らに対して、「あちらへ行きなさい。少女は死んだのではない。眠っているのだ」と言われたのです。この時点では少女は確かにすでに亡くなっていましたが、イエス様は、この少女はこれから復活することを確信しておられたので、「少女は死んだのではない。眠っているのだ」と言われたのです。

 

イエス様は、群衆を外に出すと、家の中に入り、少女の手をお取りになりました。すると少女は起き上がったのです。18節で、この少女の父親が、「わたしの娘がたったいま死にました。でも、おいでになって手を置いてやってください。そうすれば、生き返るでしょう。」と言った通りになりました。

 

眠りから覚めるように、死んでいた少女が生き返ったのです。イエス様は、少女の手をお取りになることによって、指導者の御自分に対する信仰に応えてくださったのです。

 

祈り

 

天の父なる神様、天地を造られた神様であれば、死んだ人をよみがえらせることもたやすくできるはずです。今日の箇所では、「わたしの娘がたったいま死にました。でも、おいでになって手を置いてやってください。そうすれば、生き返るでしょう。」と言った娘の父親の信仰に応えてくださったこと、人は信仰によって生きることを教えられています。確かな信仰に生きることが出来ますように。

イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。