20:9 イエスは民衆にこのたとえを話し始められた。「ある人がぶどう園を作り、これを農夫たちに貸して長い旅に出た。

20:10 収穫の時になったので、ぶどう園の収穫を納めさせるために、僕を農夫たちのところへ送った。ところが、農夫たちはこの僕を袋だたきにして、何も持たせないで追い返した。

20:11 そこでまた、ほかの僕を送ったが、農夫たちはこの僕をも袋だたきにし、侮辱して何も持たせないで追い返した。

 

ブドウ園の農夫のたとえです。これは先に書かれていた「ムナのたとえ」とよく似ていることが分かります。「ある人がぶどう園を作り、これを農夫たちに貸して長い旅に出た。」という想定です。

 

ぶどう園の持ち主である主人は、農夫たちを雇ってぶどう園の管理を任せ、旅に出ました。農夫たちが任せられたぶどう園は主人のものであり、主人にやとわれた農夫たちは、主人の言いつけを守って、ぶどう園の状況を報告したり、収穫したものは当然主人のために納めるべきものです。

 

ところが、農夫たちは、主人が「ぶどう園の収穫を納めさせるために、僕を農夫たちのところへ送った。」ところ、「何も持たせないで追い返した」り、「僕を袋だたきにし、侮辱して何も持たせないで追い返した。」というのです。

 

農夫たちの横暴は目に余るものがありますが、これは実際に起こっていることをイエス様はたとえをもって教えてくださったのでした。

 

祈り

 

天の父なる神様、ぶどう園の農夫とは、他の誰かというよりも私たち自身の姿を表していると言えます。主人が旅に出ているということで、主人はいない、神はいないと思いつつ、自分のやりたいように生きてきた。そんな私たちは、自らの罪の報いを受けなければならない者ですが、そのような者を救うためにひとり子を与えて下さいました。すべてを知りつつ、今日も私たちを生かし、忍耐をもって悔い改めて救われる人を待ち続けておられるあなたの恵みを感謝いたします。

イエス・キリストの御名前によって祈ります。アーメン。