4:18 わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続するからです。

 

「わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。」この言葉を実際に体現しているものは礼拝です。礼拝において私たちは目に見えない神を礼拝しているのです。

 

けれども、私たちはいつまでも神を見ることが出来ないのではありません。1コリント人への手紙13章には次のように言われています。「わたしたちは、今は、鏡におぼろに映ったものを見ている。だがそのときには、顔と顔とを合わせて見ることになる。わたしは、今は一部しか知らなくとも、そのときには、はっきり知られているようにはっきり知ることになる。それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。」(1コリント13:12~13)

 

罪ある私たちは神を見ることは出来ませんが、やがて復活の命に生かされるようになった時には、顔と顔を合わせて神を見ることが出来るようになるのです。

 

祈り

 

天の父なる神様、罪のために隔てられていたものを、御子イエス・キリストの血潮によって回復してくださり、主なる神との交わりというまことの命をもたらしてくださる恵みを感謝いたします。

イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。