4:10 わたしたちはキリストのために愚か者となっているが、あなたがたはキリストを信じて賢い者となっています。わたしたちは弱いが、あなたがたは強い。あなたがたは尊敬されているが、わたしたちは侮辱されています。
4:11 今の今までわたしたちは、飢え、渇き、着る物がなく、虐待され、身を寄せる所もなく、
4:12 苦労して自分の手で稼いでいます。侮辱されては祝福し、迫害されては耐え忍び、
4:13 ののしられては優しい言葉を返しています。今に至るまで、わたしたちは世の屑、すべてのものの滓とされています。
同じキリスト者であるのに、パウロたちとコリントの信徒たちの姿はずいぶん違っているようです。パウロたちは、飢え、渇き、着る物がなく、虐待され、身を寄せる所もなく、苦労して自分の手で稼いでいるのに対して、コリントの教会の人たちは経済的にも裕福であり、社会的にも特に問題なく過ごしているように思われます。
パウロたちが宣べ伝えているイエス・キリストは十字架につけられ、死んでよみがえられたお方です。とはいえその当時生きていた一般の人たちは、キリストが蘇られたことは信じていない人が多かったのではないかと思われます。十字架につけられたキリストを信じるおかしな人たちだと多くの人たちは考えていたようです。そしてローマ帝国やユダヤの権力者たちからも迫害されていました。それゆえにパウロたちは様々な苦難を経験したのでした。
私たちがキリストの栄光にあずかるには、私たちもキリストと同じように苦難の道を通らなければならないのです。旧約時代の預言者たちも、イエス・キリストも、その弟子たちも、真実に神に従おうとするものは、私たちを神から引き離し、滅ぼそうとするサタンの攻撃を受けることになるのです。イエス・キリストは、私たち信仰者がどのようにこの地上を歩めばよいかを教えるモデルであるともいえるのです。「苦難を通って栄光へ」。このことは主イエス御自身が教えられたことでもあります。
祈り
天の父なる神様、この世に生きる者は様々な困難を経験することもありますが、キリストと共にキリストの御あとに従って生きる者とならせてください。
イエス・キリストの御名によって祈ります。