主の言葉に基づいて次のことを伝えます。主が来られる日まで生き残るわたしたちが、眠りについた人たちより先になることは、決してありません。すなわち、合図の号令がかかり、大天使の声が聞こえて、神のラッパが鳴り響くと、主御自身が天から降って来られます。すると、キリストに結ばれて死んだ人たちが、まず最初に復活し、それから、わたしたち生き残っている者が、空中で主と出会うために、彼らと一緒に雲に包まれて引き上げられます。このようにして、わたしたちはいつまでも主と共にいることになります。1テサロニケ4:15~17
復活の希望について語られているところです。おそらくパウロは、イエス・キリストの再臨の時には、自分は生き残っているだろうと考えていたように思われます。
キリストの再臨を知らせるものとして、1)号令、2)大天使の声、3)神のラッパがあげられています。一説によれば、これら3つのことは同一のことを示していて、神の命令で大天使がラッパを吹きならすと考えられています。
5章の初めには、「盗人が夜やって来るように、主の日は来るということを、あなたがた自身よく知っているからです。人々が「無事だ。安全だ」と言っているそのやさきに、突然、破滅が襲うのです。ちょうど妊婦に産みの苦しみがやって来るのと同じで、決してそれから逃れられません。」(5:2~3)と言われていますから、再臨は、突然にやってくるのですが、神の号令によって、すべての人々が、キリストの再臨を自覚できるようになさるということです。
この日は、新約聖書では、「主の日」と言われるものです。それはこの世の悪が裁かれるとともに、イエス・キリストによって救われたものは、罪と死の力から完全に開放され救いが完成される日でもあります。
祈り
天の父なる神様、この世の悪はどのように時代が進んでも、人間の試みによっては無くなることはありません。しかし、神が正義を回復し、平和をもたらしてくださいます。その日がいつであるのかは分かりませんが、その日が来ることを覚えつつ、主の御心に従うものでありたいと思います。