14:22 それからすぐ、イエスは弟子たちを強いて舟に乗せ、向こう岸へ先に行かせ、その間に群衆を解散させられた。
14:23 群衆を解散させてから、祈るためにひとり山にお登りになった。夕方になっても、ただひとりそこにおられた。
イエス様は、五つのパンと二匹の魚で五千人以上の人々を満腹させられてからすぐ、弟子たちを強いて舟に乗せ、向こう岸へ先に行かせ、その間に群衆を解散させられました。ここで、イエス様は弟子たちと群衆とを引き離されたことが分かります。
イエス様はこのようなことをなされたのでしょうか?マタイによる福音書だけを読んでもその理由はよく分かりませんが、ヨハネによる福音書の並行箇所を見ると、満腹した人々がイエス様のなさるしるしを見て、「まさにこの人こそ、世に来られる預言者である」と言ったこと。さらに、人々がイエス様を自分たちの王とするために連れて行こうとしたことが記されています。
五つのパンと二匹の魚で五千人以上の人々を満腹させるという奇跡は、群衆の内に、イエス様に対するある熱狂を生じさせたのです。人々はイエス様を王としてローマ帝国に対抗し自由を勝ち取る戦士として担ぎ上げようとしている。そのような熱狂に弟子たちが巻き込まれてしまわないように、イエス様は、弟子たちを強いて舟に乗せて、向こう岸へと先へ行かせたのです。
また、御自分は、群衆を解散させてから、祈るためにひとり山に登られたのでした。イエス様は、山でひとり祈られることにより、十字架の苦難を通らずして王となる誘惑と戦われたのです。イエス様は、山の上でただ一人、御父との語らいのときをもたれ、御心に適う者としての姿勢を整えられたのです。私たちもこの日常の暮らしにおいて神様との交わりを持つことが重要です。
祈り
天の父なる神様、1万人以上もの人々を養うという奇跡をおこなわれた後、人々はイエス様をローマに立ち向かう王として担ぎ上げようとしていた時、群衆を解散させて群衆と弟子たちとを分けて、ご自分は父なる神との交わりの時を持たれました。私たちもみ言葉と祈りを通してあなたとの交わりを大切に覚えて生きることが出来ますように。
イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。