27:32 兵士たちは出て行くと、シモンという名前のキレネ人に出会ったので、イエスの十字架を無理に担がせた。
27:33 そして、ゴルゴタという所、すなわち「されこうべの場所」に着くと、
27:34 苦いものを混ぜたぶどう酒を飲ませようとしたが、イエスはなめただけで、飲もうとされなかった。
兵士たちが出て行くと、シモンという名前のキレネ人に出会ったので、イエス様の十字架を無理に担がせました。キレネとは北アフリカの地中海沿岸にある町ですが、キレネには多くのユダヤ人が移り住んでおりました。ですから、シモンもキレネに生まれ育ったユダヤ人で、過越の祭りをエルサレムで祝うために来ていたのだと思われます。
そのシモンに、ローマの兵士たちは、イエス様の十字架を無理に担がせたのです。十字架刑に処せられた者は、十字架の横木を自分で背負って、処刑される場所まで行かなければなりませんでした。しかし、このとき、イエス様はもはや自分で十字架の横木を背負うことはできないほど衰弱しておられたようです。
イエス様は、昨夜の過越の食事から何も食べておられませんでした。また、昨夜から一睡もしていませんでした。そのような状態で、皮と肉を裂く鞭を打たれ、兵士たちに嘲られ、なぶりものにされたのです。それゆえ、イエス様は十字架の横木を担うことができないほど衰弱しておられたのです。
それで兵士たちは、シモンという名前のキレネ人に、イエス様の十字架を無理に担がせたのでした。そして、ゴルゴタという所、すなわち「されこうべの場所」に着くと、苦いものを混ぜたぶどう酒を飲ませようとしましたが、イエス様は飲もうとされませんでした。
ゴルゴタには、十字架の縦の木がすでに立っていたと思われます。この場所はゴルゴタ、すなわち「されこうべの場所」と呼ばれていました。兵士たちは「苦いものを混ぜたぶどう酒を飲ませようとした」のですが、これは麻酔薬の代わりになるものです。
十字架刑は、木に手と足を釘付けにされる磔の刑でありますから、その痛みを少しでも和らげるために、兵士たちは苦いものを混ぜたぶどう酒を飲ませようとしたわけです。しかし、イエス様はなめただけで、飲もうとはされませんでした。
イエス様は、朦朧とした意識ではなく、はっきりとした意識で、苦難の死を死なれることを望まれたのです。イエス様は主体的に十字架の死を死のうとしておられことが分かります。
祈り
天の父なる神様、イエス様の十字架の苦しみは、肉体的な痛みもさることながら、父なる神によって(身代わりに)あらゆる人たちの罪の裁きを受けることですから、その苦しみや痛みは私たちが想像することも出来ないほどのものであったと思われます。これほどまでにして私たちを罪と死から救い出して下さる恵みを感謝いたします。
イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。