「わたしは座り込んで泣き、幾日も嘆き、食を断ち、天にいます神に祈りをささげた」ネヘミヤ記1章4節
ユダヤの人たちは、バビロン捕囚から帰還を許されましたが、国土も荒廃し、神殿は無くなっており、人々は絶望的な思いに陥っていました。ネヘミヤも落胆し、連日、ただ嘆き続けるような日々が続きました。
敗戦後の日本も同じような状態であったのではないでしょうか。空襲で焼け野原になった国土にあって、私たちの先輩たちは、父母や父祖たちは、懸命にその復興のために働いて下さいました。
国全体がそのような事態に襲われるような経験は私たちはしていないかもしれませんが、それぞれに同じような経験をしたこともあるかもしれません。ネヘミヤに限らず、イザヤもエレミヤもペテロも、そしてキリストご自身も、そのような苦しみ、痛みの経験をしてきたことが分かります。
そして、そうした経験を通して、主の働き人として整えられていったことを教えられるのです。
祈り
天の父なる神様、苦しみの中にもあなたの御手があり、あなたは万事を益として用いてくださることを感謝いたします。苦しみの経験を通してこそ学ぶことがあり、あなたの知恵によって訓練し、真理を悟らせてくださいます。どのような時もあなたの御手に委ねて生きるものとならせてください。
イエス・キリストの御名前によって祈ります。アーメン。