9:24 自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを救うのである。
9:25 人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の身を滅ぼしたり、失ったりしては、何の得があろうか。
主イエスは、「自分を捨て、日々、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。
」と言われました。「自分を捨て」というのは単なる自己否定、消極的な生き方への勧めではありません。生命を軽んじる生き方でもありません。これは、主イエスの言葉に従い、神様を第一とする生き方への勧めです。
このみ言葉によって、あらゆる意味で、自己を第一とし、自己に根拠を置き、自己にこだわる生き方から離れることが求められています。自分を捨てることが全く意識されない信仰は、人間中心主義の生き方に堕落してしまいます。
「自分を捨てる」ことは、『主の祈り』の前半の祈り、主のみ名をあがめ、主のみ国を待ち望み、主のみ心が地になるように祈ることとも重なります。自分自身を主人として生きるのではなく神を神として生きるようになることです。けれども、自分を捨てることは人間の力で可能なことではありません。聖霊に導かれて初めて可能になることです。
祈り
天の父なる神様、あなたによって創造され、これまで生かされてきた者でありますのに。あなたに聞き従うよりも自分自身の思いに従って生きてきた者でした。そのような私たちが神を神として生きることが出来ますようにお導きください。
イエス・キリストの御名前によって祈ります。アーメン。