21:34 「放縦や深酒や生活の煩いで、心が鈍くならないように注意しなさい。さもないと、その日が不意に罠のようにあなたがたを襲うことになる。

21:35 その日は、地の表のあらゆる所に住む人々すべてに襲いかかるからである。

21:36 しかし、あなたがたは、起ころうとしているこれらすべてのことから逃れて、人の子の前に立つことができるように、いつも目を覚まして祈りなさい。」

21:37 それからイエスは、日中は神殿の境内で教え、夜は出て行って「オリーブ畑」と呼ばれる山で過ごされた。

21:38 民衆は皆、話を聞こうとして、神殿の境内にいるイエスのもとに朝早くから集まって来た。

 

ヘブライ人への手紙11章には、「信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです。昔の人たちは、この信仰のゆえに神に認められました。」(11:1~2)といわれています。信仰とはまだ見ていない事実を確認することだと言われています。

 

世の終わりの裁きと救いの完成という出来事は、私たちにとってもまだ見ていないこと、実現されていないことですが、それを信じる信仰をもって今を生きるようにとイエス様は教えてくださったのです。

 

神様は、いつの時代の人々もこの信仰をもって生きることを願っておられますから、〇〇年〇月〇日に再臨があるなどと言うようには教えておられません。けれども、その日は必ず訪れるのです。いつも目を覚まして祈ることができますように。

 

祈り

 

天の父なる神様、目を覚まして再臨のキリストが来られるときに備えるとは、私たちがこの生涯の終わりまで、心からの信仰をもって神と共に生きることであると思います。そのように生きることが出来ますように御霊によってお守りくださりお導きください。

イエス・キリストの御名前によって祈ります。アーメン。