19:28 イエスはこのように話してから、先に立って進み、エルサレムに上って行かれた。
19:29 そして、「オリーブ畑」と呼ばれる山のふもとにあるベトファゲとベタニアに近づいたとき、二人の弟子を使いに出そうとして、
19:30 言われた。「向こうの村へ行きなさい。そこに入ると、まだだれも乗ったことのない子ろばのつないであるのが見つかる。それをほどいて、引いて来なさい。
19:31 もし、だれかが、『なぜほどくのか』と尋ねたら、『主がお入り用なのです』と言いなさい。」
19:32 使いに出された者たちが出かけて行くと、言われたとおりであった。
いよいよこれからエルサレムに行き、そこで捕らえられ、十字架につけられ、復活するということを覚えながら、イエス様は、二人の弟子を使いに送って、「まだだれも乗ったことのない子ろば」を、持ち主の了解を得て引いてくるようにお命じになりました。
「ろば」は、人が乗るための家畜というよりは、荷物を運ぶために用いられました。乗り心地はあまりよくないものですし、馬に乗ることを考えれば、速度も遅いし、見劣りがするように思われます。
馬は戦いの象徴といえますが、ロバは平和であり、仕えるものというイメージがあります。イエス様は、人としてお生まれになって以来、一貫して人々に仕えるものとして歩まれましたが、それはやがて捕らえられ苦しみを受けて十字架につけられることのうちに何よりもよくあらわされていると言えます。
罪人の立場に身を置いて、神の怒りを受けて罪の贖いを実現するために、十字架へと進んでおられるのです。
祈り
天の父なる神様、イエス・キリストは、十字架の死に至るまで父なる神の御心に従順に従われ、私たちを罪と死の束縛から解放するために自ら苦しみを受けてくださいました。そのようにして、私たちが到底なしえなかった神との平和を得ることが出来るようにしてくださいました。平和の君を心より感謝いたします。
イエス・キリストの御名前によって祈ります。アーメン。