わたしたちは、キリストの使徒として権威を主張することができたのです。しかし、あなたがたの間で幼子のようになりました。ちょうど母親がその子供を大事に育てるように、わたしたちはあなたがたをいとおしく思っていたので、神の福音を伝えるばかりでなく、自分の命さえ喜んで与えたいと願ったほどです。あなたがたはわたしたちにとって愛する者となったからです。1テサロニケ2:7~8

「幼子のようになりました。」というのは、「やさしくなりました」という意味の写本も多数あります。テサロニケの教会において、パウロは自分たちが純真で幼子のようであったと述べています。

彼は、復活のイエス・キリストに出会い、キリストによって使徒として召されました。しかし、使徒としての権威をもって彼らを服従させようとするような姿勢ではなく幼子のように、キリストのしもべとして働いてきたということです。

「ちょうど母親がその子供を大事に育てるように、わたしたちはあなたがたをいとおしく思っていたので、神の福音を伝えるばかりでなく、自分の命さえ喜んで与えたいと願ったほど」であったと述べています。ここに言われていることは、パウロの全書簡を通じて見られるもので、パウロは、深い愛をもって教会の兄弟姉妹に相対していたことが分かります。

祈り

天の父なる神様、キリストが私たちを愛してくださったように、私たちもあなたを愛し、自分を愛するように隣人を愛することが出来ますように。

イエス・キリストの御名前によって祈ります。アーメン。