21:15 他方、祭司長たちや、律法学者たちは、イエスがなさった不思議な業を見、境内で子供たちまで叫んで、「ダビデの子にホサナ」と言うのを聞いて腹を立て、

 21:16 イエスに言った。「子供たちが何と言っているか、聞こえるか。」イエスは言われた。「聞こえる。あなたたちこそ、『幼子や乳飲み子の口に、あなたは賛美を歌わせた』という言葉をまだ読んだことがないのか。」

 21:17 それから、イエスは彼らと別れ、都を出てベタニアに行き、そこにお泊まりになった。

 

祭司長たちや律法学者たちが見た、イエス様がなさった不思議な業とは、イエス様がなされた目の見えない人を見えるようにし、足の不自由な人を歩けるようにするといういやしの業のことです。

 

イエス様が、神殿で、目の見えない人を見えるようにし、足の不自由な人を歩けるようにされたことは、まさに驚くべき業でした。なぜなら、旧約聖書のイザヤ書35章によれば、来たるべきメシア、救い主が来られるとき、「目の見えない人の目が開き・・・・・・歩けなかった人が鹿のように踊り上げる」と預言されていたからです。

 

イエス様は神殿で、目の見えない人の目を開き、歩けなかった人を鹿のように躍り上がらせることによって、御自分がイスラエルの栄光を回復するメシア、救い主であることをお示しになったのです。しかし、この驚くべき業を見ても、祭司長たちや律法学者たちは驚きませんでした。

 

この驚くべき業を見て驚いたのは子供たちでした。子供たちは、この御業を見て驚いて、「ダビデの子にホサナ」と叫びました。ところが、子供たちがこのように叫ぶのを聞いて祭司長たちや律法学者たちは腹を立てて、イエス様に「子供たちが何と言っているか、聞こえるか」と言いました。子供たちに腹を立てたというよりも、子供たちにこのように叫ぶことを許しておられるイエス様に腹を立てたのです。

 

それに対して、イエス様はこう言われました。「聞こえる。あなたたちこそ、『幼子や乳飲み子の口に、あなたは賛美を歌わせた』という言葉をまだ読んだことがないのか」。イエス様は、はっきりと「聞こえる」と答えられました。そして、この子供たちの賛美こそ、『幼子や乳飲み子の口に、あなたは賛美を歌わせた』という御言葉の成就であると言われたのです。

 

この御言葉は旧約聖書の詩編8編の御言葉ですが、幼子や乳飲み子の口に賛美の歌を歌わせておられるのは神様です。子供たちが無邪気に、よく分からずに「ダビデの子にホサナ」と叫んでいるのではなくて、神様が子供たちの口に、「ダビデの子にホサナ」という賛美を歌わせておられるのだとイエス様は言われたのです。

 

そのようにして、神様は子供たちの口を通して、イエス様がまさしくダビデの子、メシア、救い主であることを、神殿において示されたのです。驚くべき業を見ても驚かない祭司長や律法学者たちに代わって、子供たちがイエス様をダビデの子としてほめたたえるのです。

 

祈り

 

天の父なる神様、子供たちの賛美によって、あなたの救いの御業をイエス・キリストによって実現してくださるという大いなる恵みを覚えさせてくださり、ありがとうございました。子供たちこそ主の恵みを知り、御名をほめたたえることが出来たことの中に、あなたの御名を讃美いたします。

イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。