5:22 下役たちが行ってみると、使徒たちは牢にいなかった。彼らは戻って来て報告した。
5:23 「牢にはしっかり鍵がかかっていたうえに、戸の前には番兵が立っていました。ところが、開けてみると、中にはだれもいませんでした。」
5:24 この報告を聞いた神殿守衛長と祭司長たちは、どうなることかと、使徒たちのことで思い惑った。

ユダヤの最高法院は、祭司、長老、律法学者からなる71名の議員で構成されていました。祭司であるサドカイ派の人々は、ねたみに燃えて使徒たちを捕らえたのですが、翌日に、最高法院を召集して、最高法院として、使徒たちについて話し合おうとしていたのです。

そこで、使徒たちを引き出すために、人を牢に差し向けますと、なんと使徒たちは牢にいませんでした。彼らは戻って来て次のように報告しました。「牢にはしっかり鍵がかかっていたうえに、戸の前には番兵が立っていました。ところが、開けてみると、中にはだれもいませんでした。」

この報告を聞いた神殿守衛長と祭司長たちは、どうなることかと使徒たちのことで思い惑ったと記されています。もし、鍵が壊されていたり、番兵が誰かに襲われて縛り上げられていたのであれば、これは、誰かが使徒たちを脱走させたと考えられます。

しかし、鍵がしっかりとかかっており、戸の番兵が立っていたのであれば、これは、神の介入によって、つまり奇跡によって使徒たちがいなくなったと考えざるを得ないからです。彼らは、その神の介入を予感しつつ、どうなることかと思い惑ったのです。

祈り

天の父なる神様、牢に入れられた使徒たちは、主の天使によって解放されました。「牢にはしっかり鍵がかかっていたうえに、戸の前には番兵が立っていました。ところが、開けてみると、中にはだれもいませんでした。」という有様が、これは人の手によるのではなく、神の御業によるものであったことを物語っています。大いなる御手に守られて生きる幸いを感謝いたします。
イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。