4:2 そして四十日間、昼も夜も断食した後、空腹を覚えられた。

 4:3 すると、誘惑する者が来て、イエスに言った。「神の子なら、これらの石がパンになるように命じたらどうだ。」

4:4 イエスはお答えになった。「『人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる』/と書いてある。」

 

イエス様は聖霊に導かれて荒れ野で四十日四十夜断食されました。これはメシアとして歩み出すための特別な備えであったと思われます。かつてモーセが十戒を受けるために、シナイ山において四十日四十夜、パンも食べず、水も飲まなかったように、イエス様はメシアとして歩みだされるために荒れ野で四十日四十夜断食されたのです(出エジプト34:24参照)。

 

イエス様は神の御子ですが、私たちと同じ人としてお生まれになりましたので、食事しなければ当然おなかがすきますし、この肉体を維持していくことが出来ず、生きていくことが出来ません。そうしたところに悪魔がやってきて誘惑をするのです。

 

「神の子なら、これらの石がパンになるように命じたらどうだ。」イエス様には神の御子の力をもって石をパンに変えることも出来ましたが、それは言うならば自分さえよければという安易な解決方法でした。

 

この誘惑に対してイエス様は、『人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる』とお答えになりました。この御言葉は、旧約聖書の申命記第8章3節に記されています。

 

その前後は次のようなものです。「あなたの神、主が導かれたこの四十年の荒れ野の旅を思い起こしなさい。こうして主はあなたを苦しめて試し、あなたの心にあること、すなわち御自分の戒めを守るかどうかを知ろうとされた。主はあなたを苦しめ、飢えさせ、あなたも先祖も味わったことのないマナを食べさせられた。人はパンだけで生きるのではなく、人は主の口から出るすべての言葉によって生きることをあなたに知らせるためであった。この四十年の間、あなたのまとう着物は古びず、足がはれることもなかった。あなたは、人が自分の子を訓練するように、あなたの神、主があなたを訓練されることを心に留めなさい。」(申命記8:2~5)

 

この時神様がイスラエルに教えられたことは、パンは人間が生きるために必要なものですが、人はパンによって生かされているのではない。人はパンを与えてくださる神様によって生かされている。それゆえ、イエス様は、神の子としての御力を用いて、石をパンになるように命じることを拒否されたのです。

 

祈り

 

天の父なる神様、今日もあなたの御恵みによって生かされていることを感謝いたします。あらゆるよきものをもって今日も養いくださることを感謝いたします。いかなる時にもあなたの御手に委ねて、あなたの御手のうちに歩み続けることが出来ますようにお導きください。

イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。