7:8 あの手紙によってあなたがたを悲しませたとしても、わたしは後悔しません。確かに、あの手紙が一時にもせよ、あなたがたを悲しませたことは知っています。たとえ後悔したとしても、

 7:9 今は喜んでいます。あなたがたがただ悲しんだからではなく、悲しんで悔い改めたからです。あなたがたが悲しんだのは神の御心に適ったことなので、わたしたちからは何の害も受けずに済みました。

 7:10 神の御心に適った悲しみは、取り消されることのない救いに通じる悔い改めを生じさせ、世の悲しみは死をもたらします。

 

この聖句には、悲しみには2種類あることが記されています。一つは、死をもたらす世の悲しみであり、もう一つは命をもたらす神の御心にかなった悲しみです。

 

この世の人生において、多くの人々は悲しみを避けようと考えるのではないでしょうか。悲しみはよくないことだと考える方々もあるでしょう。悲しみの原因としては、病気、迫害、災害、裏切りなど様々なものがありますが、神の御心にかなった悲しみは、むしろ喜ぶべきものだというのです。

 

ヘブライ12章11節には、「およそ鍛錬というものは、当座は喜ばしいものではなく、悲しいものと思われるのですが、後になるとそれで鍛え上げられた人々に、義という平和に満ちた実を結ばせるのです。」と言われています。

 

祈り

 

天の父なる神様、苦しみのない人生がよいと考えがちですが、この罪の世にあって、自分自身の中にも罪があり、この世にもサタンの働きがあります。自分自身を考えてみても苦しみを経験することがなければ神を求めることも、自分自身を正しく理解することも出来なかったことでしょう。義という平和に満ちた実を結ぶことが出来ますようにお導きください。

イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。