わたしたちの主イエスが来られるとき、その御前でいったいあなたがた以外のだれが、わたしたちの希望、喜び、そして誇るべき冠でしょうか。実に、あなたがたこそ、わたしたちの誉れであり、喜びなのです。1テサロニケ2:19~20

「わたしたちの主イエスが来られるとき」というのは、イエス・キリストが終わりの時に再臨なさる時ということです。主イエスは、かねてより弟子たちに、世の終わりの時再びこの地上に来ることを約束しておられました。このことは、テサロニケ第1の手紙では、3章13節、4章15節、5章23節にも言及されています。

「再臨」と訳されている言葉(ギリシャ語のパルーシャ)は、正式にこの世界を統治する者がその土地に来て統治するようになることですが、それは喜びを意味する言葉でした。

今この世界は本来の統治者ではない者(サタン)が、その統治権を横取りして君臨している状態にありますが、やがて正式な統治者であるイエス・キリストがこの世に来られて、罪と悪を裁くとともに、イエス・キリストにある者たちを解放し、完全な平和をもたらし、神の国へと私たちを招いてくださいます。

祈り

天の父なる神様、イエス・キリストをお遣わしになり、十字架の死と死からのよみがえりによって、私たちを罪と死の束縛から解放してくださり、あなたの恵みに与るものとしてくださいましたこと、心より感謝いたします。再び来られる主イエスを思いながら、望みをもって主と共に歩むものとならせてください。

イエス・キリストの御名前によって祈ります。アーメン。