12:6 言っておくが、神殿よりも偉大なものがここにある。

 12:7 もし、『わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない』という言葉の意味を知っていれば、あなたたちは罪もない人たちをとがめなかったであろう。

 12:8 人の子は安息日の主なのである。」

 

イエス様は、ここで「わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない」というホセア書の御言葉を引用しておられます。ファリサイ派の人々は、神様の掟を守ることに熱心でした。「安息日には、いかなる仕事もしてはならない」という掟を守るために、安息日に禁じられている仕事のリストを作り、その仕事をしないように人々教え、人々を見張っていたのです。

 

しかし、イエス様は、「神様が求めるのは憐れみであって、いけにえに象徴される規定を守ることではない」と言われるのです。空腹になって麦の穂を摘んで食べ始めた弟子たちに目くじらを立て、イエス様を非難するファリサイ派の人々の心に、憐れみはありません。彼らの心には、神様が求めておられる愛がないのです。

 

イエス様は、第七の日を祝福し、聖別された「安息日の主」として、安息日においても、いや、安息日においてこそ、神様が喜ばれるのは愛であっていけにえではないと宣言されたのです。

 

祈り

 

天の父なる神様、安息日をお与えくださり、み言葉と祈りによって、聖霊のお導きによってあなたと共に生きることのできますことを心より感謝いたします。

イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。