11:23 彼らも、不信仰にとどまらないならば、接ぎ木されるでしょう。神は、彼らを再び接ぎ木することがおできになるのです。

 11:24 もしあなたが、もともと野生であるオリーブの木から切り取られ、元の性質に反して、栽培されているオリーブの木に接ぎ木されたとすれば、まして、元からこのオリーブの木に付いていた枝は、どれほどたやすく元の木に接ぎ木されることでしょう。

 

接ぎ木とは、2つ以上の植物を接着し、新たな個体を作る技術です。特に果菜類や果樹を栽培する農家にとって、接ぎ木は重要な技術です。なぜなら、作物の品質向上や収量増、病害虫や連作障害の回避に役立つからです。パウロはこの接ぎ木を例に挙げて、罪ある者が、その罪を赦されてイエス・キリストに接ぎ木されて新しい人になるということを説明しているのです。

 

渋柿はそのままでは成長して実がなっても渋い実を付けることになりますが、渋柿に甘柿を接ぎ木すると甘い実を実らせることが出来ます。主イエスは、ヨハネの福音書において「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。」(ヨハネ15章5節)と言われました。

 

幹と枝が一体になっているように、私たちがイエス・キリストにつながっているとき、私たちは豊かな実を結ぶことが出来るのです。

 

祈り

 

天の父なる神様、私たちは渋柿のようなもので、接ぎ木されなければ決して甘い柿をならせることは出来ず、罪のために決して実を結ぶことのできない者でしたが、イエス・キリストに接ぎ木されるという本来あり得ないような恵みによって罪を贖われ、義と認められたものとして生きることが出来ることを感謝いたします。

イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。