7:1 大祭司が、「訴えのとおりか」と尋ねた。

 7:2 そこで、ステファノは言った。「兄弟であり父である皆さん、聞いてください。わたしたちの父アブラハムがメソポタミアにいて、まだハランに住んでいなかったとき、栄光の神が現れ、

 7:3 『あなたの土地と親族を離れ、わたしが示す土地に行け』と言われました。

 7:4 それで、アブラハムはカルデア人の土地を出て、ハランに住みました。神はアブラハムを、彼の父が死んだ後、ハランから今あなたがたの住んでいる土地にお移しになりましたが、

 7:5 そこでは財産を何もお与えになりませんでした、一歩の幅の土地さえも。しかし、そのとき、まだ子供のいなかったアブラハムに対して、『いつかその土地を所有地として与え、死後には子孫たちに相続させる』と約束なさったのです。

 

イエス様の場合は、裁判の時、ほとんど口を開くことはありませんでしたが、ステファノの場合は、ここぞとばかりに人々に語りだしました。「兄弟であり父である皆さん、聞いてください。わたしたちの父アブラハムがメソポタミアにいて、まだハランに住んでいなかったとき、栄光の神が現れ、 『あなたの土地と親族を離れ、わたしが示す土地に行け』と言われました。

 

このように、イスラエル人の父祖であるアブラハムのことから語り始めます。ユダヤ人ならだれもが知っていることです。アブラハムは、神が命じられたとおりに示された地に向かって旅立ちました。

 

自分が住み慣れた土地を離れて、仕事も親族とも別れて旅立つことは大きな決断を必要とすることであり、信仰によらなければ決してできない決断でした。

 

しかし、神が約束なさった土地は、この地上におけるカナンの地ではなく、天の故郷であったため、アブラハムも天の故郷を目指しつつこの世の生涯を生きたのでした。約束の地を目指して生きるという生き方はクリスチャンにおいても同じことです。

 

祈り

 

天の父なる神様、ステファノは、アブラハムと同じく天の故郷を目指して生きていました。それだからこそ迫害の中にあっても、勇気をもって大胆に福音を宣べ伝えることが出来たのです。あなたが与えてくださる天の都を仰ぎつつ生きることが出来ますように。

イエス・キリストの御名前によって祈ります。アーメン。