12:1 わたしは誇らずにいられません。誇っても無益ですが、主が見せてくださった事と啓示してくださった事について語りましょう。

12:2 わたしは、キリストに結ばれていた一人の人を知っていますが、その人は十四年前、第三の天にまで引き上げられたのです。体のままか、体を離れてかは知りません。神がご存じです。

12:3 わたしはそのような人を知っています。体のままか、体を離れてかは知りません。神がご存じです。

12:4 彼は楽園にまで引き上げられ、人が口にするのを許されない、言い表しえない言葉を耳にしたのです。

12:5 このような人のことをわたしは誇りましょう。しかし、自分自身については、弱さ以外には誇るつもりはありません。

 

パウロは、自分がイエス・キリストによって召された使徒であると語っていますが、神とのつながりの深さを示すために、神様が見せてくださった事、掲示してくださった事についてここで述べています。

 

「キリストに結ばれていた一人の人」とはパウロ自身のことです。彼は神によって第三の点にまで引き上げられた経験について述べています。ユダヤ人たちは、天が三つの層から成り立っていると考えていました。第一の天は、私たちが今見ている目に見える天であり、第二の天は、悪霊や天使が活動している霊的な目には見えない世界です。そして第三の天は神がおられるところ、最高の祝福が満ちている世界です。パウロはその第三の天を見たと言っているのです。

 

パウロは、この手紙の4章17節で、「わたしたちの一時の軽い患難は、比べものにならないほど重みのある永遠の栄光をもたらしてくれます」と記しました。なぜそのように記すことが出来たのかと言えば、彼は神によって第三の天を見ることが出来たからだということも出来るのです。

 

彼はすでに。神によって「比べものにならないほど重みのある永遠の栄光」を垣間見ることが出来たのです。

 

祈り

 

天の父なる神様、あなたはパウロを第三の天に引き上げられてその素晴らしいさまを見せられましたが、私たちもヨハネの黙示録を通してヨハネが見た新天新地の世界のすばらしさを教えてくださっています。神の国とその義とを第一に求めて生きることが出来ますように。その希望をもって生きることが出来ますようにお導きください。

イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。