10:18 それでは、尋ねよう。彼らは聞いたことがなかったのだろうか。もちろん聞いたのです。「その声は全地に響き渡り、/その言葉は世界の果てにまで及ぶ」のです。

 10:19 それでは、尋ねよう。イスラエルは分からなかったのだろうか。このことについては、まずモーセが、/「わたしは、わたしの民でない者のことで/あなたがたにねたみを起こさせ、/愚かな民のことであなたがたを怒らせよう」と言っています。

 10:20 イザヤも大胆に、/「わたしは、/わたしを探さなかった者たちに見いだされ、/わたしを尋ねなかった者たちに自分を現した」と言っています。

 10:21 しかし、イスラエルについては、「わたしは、不従順で反抗する民に、一日中手を差し伸べた」と言っています。

 

イスラエルについては、「わたしは、不従順で反抗する民に、一日中手を差し伸べた」と言われています。これはイスラエルについての記述ですが、その人がどの民族であるのかということに関わらず、神様が今もしておられることは、「わたしは、不従順で反抗する民に、一日中手を差し伸べた」ということではないかと思います。

 

神によって創造され、育まれ、生かされてきたにもかかわらず、神を求めようとはしない、不従順で反抗する民に、神様は今日も一日中手を差し伸べて、彼らを今日も守り、支えておられるのです。

 

そうした中で、イザヤが、「わたしは、/わたしを探さなかった者たちに見いだされ、/わたしを尋ねなかった者たちに自分を現した」と述べているように、以前は神を知らなかった人でも、様々なきっかけを通して、また宣べ伝える人たちを通して、神を見出すようになる人たちが今も生み出されているのです。

 

祈り

 

天の父なる神様、「わたしを探さなかった者たちに見いだされ」るようになったのは、ただあなたの憐みの故でした。あなたの憐みと恵みを、導きを感謝いたします。主にあって、霊に導かれて生きることが出来ますように。

イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。