11:1 世界中は同じ言葉を使って、同じように話していた。

11:2 東の方から移動してきた人々は、シンアルの地に平野を見つけ、そこに住み着いた。

11:3 彼らは、「れんがを作り、それをよく焼こう」と話し合った。石の代わりにれんがを、しっくいの代わりにアスファルトを用いた。

11:4 彼らは、「さあ、天まで届く塔のある町を建て、有名になろう。そして、全地に散らされることのないようにしよう」と言った。

 

12章からイスラエル人を中心とした歴史が続いていきますが、それに先立って、世界と人類の起源の締めくくりとなるバベルの塔の出来事が記されています。

 

「さあ、天まで届く塔のある町を建て、有名になろう。」という言葉の中に、神を畏れず、自分が神のようになって好きなようにこの世界を支配していこうという自己中心で高慢の思いが現れています。

 

そのように罪を犯し続ける人類ですが、神は忍耐深く、救いの約束を語り、それを実現してくださるのです。アダムとエバが罪を犯した直後に原始福音が語られましたが(創世記3章15節)、バベルの塔の出来事の直後に、神は、アブラハムを選び、彼の子孫から救い主が生まれるように導かれるのです。

 

祈り

 

天の父なる神様、バベルの塔は過去の出来事ですが、これは今の私たちの時代にも、むしろエスカレートした形で、現代は神を神とも思わないで傲慢と不遜の中にある人々の姿を見るようにも思われます。しかし、それはあの人が、この人場というよりも前に自分自身のうちにもそのような罪があることを思わされるのです。バベルの塔の出来事は自分とは関係のないことではなく、わが内にもある問題が指摘されているのです。そのような私の心が、キリストの心に向かって新しくされますように。

イエス・キリストの御名前によって祈ります。アーメン。