19:30 ロトはツォアルを出て、二人の娘と山の中に住んだ。ツォアルに住むのを恐れたからである。彼は洞穴に二人の娘と住んだ。

19:31 姉は妹に言った。「父も年老いてきました。この辺りには、世のしきたりに従って、わたしたちのところへ来てくれる男の人はいません。

19:32 さあ、父にぶどう酒を飲ませ、床を共にし、父から子種を受けましょう。」

19:33 娘たちはその夜、父親にぶどう酒を飲ませ、姉がまず、父親のところへ入って寝た。父親は、娘が寝に来たのも立ち去ったのも気がつかなかった。

 

ロトの娘たちは、父親であるロトと寝て子供を作ろうと考えました。こうした考え方は、私たちには理解できないものですが、当時のソドムの町においては低い道徳規準のもとにあり、娘たちはソドムの町の退廃的な習慣に染まり、いかなる手段によっても子宝を得ようとしたものと思われます。

 

マタイの福音書1章の初めに記されている、イエス・キリストの系図の中には、「ユダはタマルによってペレツとゼラを、ペレツはヘツロンを」と言われていますが、ユダは妻が亡くなって喪が明けてから、ある祭りに出かけます。そのことを聞いた娘のタマルはユダによって後継ぎを得ようと画策します。タマルは神殿娼婦(遊女)に姿を変えて、ユダを誘って子供をもうけたのです。

 

当時はカナンの祭儀でなされる豊穣のための、儀式的な性交をなす「神殿娼婦」がいたようです。その「神殿娼婦」は偶像のアシュタロテ女神の代理であり、それとの性交渉はその女神と一つになると考えられていました。

 

そのようにして生まれた子供が、イエス・キリストの系図の中に含まれていることを思うとき、神は、罪ある人間を用いてくださり、人間の罪や過ちにもかかわらず、その御業を行ってくださることが分かります。

 

祈り

 

天の父なる神様、ロトの娘たちは、ゾアルを避けて洞穴に住むようになりましたが、誰も自分たちの相手をしてくれず子供が出来ないということを考えて、父親との間に子供をもうけようとしました。ユダとタマルも同じようにして子供をもうけました。このような近親相姦は、人として間違っていることは今でも明らかなことですが、あなたの前に私たちも形態は違っても様々な罪を犯し続ける者であることを思います。そんな罪ある私たちのために、救い主をお与えくださったことを感謝いたします。

イエス・キリストの御名前によって祈ります。アーメン。