6:27 あなたがたのうちだれが、思い悩んだからといって、寿命をわずかでも延ばすことができようか。

 

前節で、イエス様は、「空の鳥を見なさい。神様がこれを養っておられるではないか。」と言われて、私たちが思い煩う必要がないことの根拠を教えてくださいました。

 

この聖句でも、「あなたがたのうちだれが、思い悩んだからといって、寿命をわずかでも延ばすことができようか。」と言われて、私たちが思い煩う必要がないことを教えておられます。

 

どんなに深く、長い間思い煩ったところで、私たちは自分の寿命を延ばすことは出来ません。私たちのいのちは、すべて神の御手の中にあるのです。

 

私たちの寿命があとどれくらいなのかということは、私たちには分かりません。しかし、神さまが、私たちの死ぬ時を定めてくださっています。そして、それは時宜にかなった、もっともふさわしい時であるのです。口語訳聖書は、11節を「神のなされることは皆その時にかなって美しい」と訳しておりますが、そのような美しいときが、私たちの死において定められているのです。

 

すべてを神の御手に委ねて生きることをイエス様はここで教えておられるのです。

 

祈り

 

天の父なる神様、どんなに思い悩むことがあっても、私たちは自分の寿命を上すことは出来ません。それよりも、罪を赦されて復活の命に生かされているならば、希望をもって神の御手に委ねて生きることが出来るのです。そのような生き方をすることが出来ますように。

イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。