そこでわたしは、神のために働くことをキリスト・イエスによって誇りに思っています。キリストがわたしを通して働かれたこと以外は、あえて何も申しません。キリストは異邦人を神に従わせるために、わたしの言葉と行いを通して、また、しるしや奇跡の力、神の霊の力によって働かれました。こうしてわたしは、エルサレムからイリリコン州まで巡って、キリストの福音をあまねく宣べ伝えました。ローマ15:17~19

それで、神に仕えることに関して、私はキリスト・イエスにあって誇りを持っているのです。私は、キリストが異邦人を従順にならせるため、この私を用いて成し遂げてくださったこと以外に、何かを話そうなどとはしません。キリストは、ことばと行ないにより、また、しるしと不思議をなす力により、さらにまた、御霊の力によって、それを成し遂げてくださいました。その結果、私はエルサレムから始めて、ずっと回ってイルリコに至るまで、キリストの福音をくまなく伝えました。(新改訳)

 

「私はエルサレムから始めて、ずっと回ってイルリコに至るまで、キリストの福音をくまなく伝えました。」と言われているように、パウロは、特に異邦人に対してキリストの福音を伝えましたが、そのための志を与え、実現へと向かわせてくださったのは、主イエスご自身の「ことばと行ないにより、また、しるしと不思議をなす力により、さらにまた、御霊の力によって、それを成し遂げて」下さったのだというのです。

 

パウロ自身は、福音伝道のための働き人として用いられましたが、彼を用いてこの働きをなさしめてくださったのは、復活されたイエス・キリストご自身であり、聖霊の働きによるものでした。彼は、コリント人への第二の手紙の12章12節で「使徒としてのしるしは、忍耐を尽くしてあなたがたの間でなされた、あの奇蹟と不思議と力あるわざです」と述べています。

 

彼は、ダマスコに行く途中で、復活の主イエスに出会い、クリスチャンを迫害する者でしたが、逆にキリストの福音を宣べ伝える者になりました。さらに彼には使徒としてのしるしとして「奇跡と不思議と力ある業」を伴う働きをも行なうことができたのです。私たちは使徒ではありませんが、復活の主が共にいてくださり、私たちのあゆみを導いてくださっていることはパウロも私たちも同じことです。主のお恵みとお導きが皆様方の上にも豊かにありますように。

 

祈り

 

天の父なる神様、異邦人である私たちにも、たくさんの働き人を立ててあなたの福音を伝えて下さり、私たちの心に悔い改めと信仰を与え、あなたの救いの恵みに預かるものとしてくださいましたこと、心より感謝いたします。

生涯、あなたの恵みのうちに歩むものとならせてください。

イエス・キリストの御名前によって祈ります。アーメン。