諭しを愛する人は知識を愛する。懲らしめを憎む者は愚かだ。

善人は主に喜び迎えられる。悪だくみをする者は罪ありとされる。箴言12:1~2

ヘブライ12章には、「子供たちに対するようにあなたがたに話されている次の勧告を忘れています。「わが子よ、主の鍛錬を軽んじてはいけない。主から懲らしめられても、/力を落としてはいけない。」(ヘブライ12:5)と言われています。親が子供を鍛錬するように、主は私たちを鍛錬なさるのです。

もしも親が子供を鍛錬することがなかったらどうなるでしょうか。「私は放任主義です」といって、子供が何をしても褒めることも、注意することもしない。なんでもやりたいようにやらせていたら、自己中心で、わがままな子供になってしまうのではないでしょうか。

ここで言われていることは、主が(大人になった)私たちを鍛錬なさるということですが、主の諭しや、主の鍛錬を感謝をもって受け入れる人は幸いです。その人の道はまっすぐにされていくからです。道を外れていた時には、正しい道へと導かれ、信仰においても、知識においても、行いにおいても成長させられていくのです。

祈り

天の父なる神様、私たち人間は、「鍛錬」や「諭し」ということを嫌がる傾向を持っており、常に自分の好きなように生きることが自由であるかのような錯覚に陥ることがあります。しかし、真実に正しい道へと導き、憩いの水際に導いてくださるあなたの御声に聴く者とならせてください。

イエス・キリストの御名前によって祈ります。アーメン。