この降りて来られた方が、すべてのものを満たすために、もろもろの天よりも更に高く昇られたのです。そして、ある人を使徒、ある人を預言者、ある人を福音宣教者、ある人を牧者、教師とされたのです。エフェソ4:10~11

私たちよりも低いところまで下りてくださった方(人としてお生まれになり、ベツレヘムの馬小屋からゴルゴダの十字架に至るまで私たちに仕え、私たちの病を背負って死に葬られました)が、三日目に死人のうちよりよみがえり、天に昇り、神の右の座においてすべてを治めておられます。

ヘブライ4章15節には、「この大祭司は、わたしたちの弱さに同情できない方ではなく、罪を犯されなかったが、あらゆる点において、わたしたちと同様に試練に遭われたのです。」と言われています。大祭司とは、神と私たちのあいだに立って、とりなしてくださる方ですが、主イエスこそ私たちのまことの大祭司として、ご自分を神にささげて、神と私たちの間に和解をもたらしてくださったのです。

そして、このお方が「ある人を使徒、ある人を預言者、ある人を福音宣教者、ある人を牧者、教師」として主の御用のために用いてくださいますが、ここに記されている役職以外のあらゆる主の民を主イエスは用いてくださるのです。1コリント6:15には、「あなたがたは、自分の体がキリストの体の一部だとは知らないのか。」と言われているように、教会に連なる人は誰でも器官のようにかけがえのない大切なひとりひとりなのです。

祈り

天の父なる神様、あなたは御契約に基づいて私たちのすべてのものを満たすために、あなたのひとり子を遣わし、救いの御業を成就してくださいました。今日まで、御霊によって私たちを導き、主に在って生きるものとしてくださることを感謝いたします。あなたの恵みに応えて生きることができますように。

イエス・キリストの御名前によって祈ります。アーメン。