2:10 わたしたちには、神が“霊”によってそのことを明らかに示してくださいました。“霊”は一切のことを、神の深みさえも究めます。

 2:11 人の内にある霊以外に、いったいだれが、人のことを知るでしょうか。同じように、神の霊以外に神のことを知る者はいません。

 

人間の知恵によって、天地の造り主であり、全能で偉大な存在である神様のことをどんなに推し量ろうとしても、決して理解することができません。11節に「人の内にある霊以外に、いったいだれが、人のことを知るでしょうか。同じように、神の霊以外に神のことを知る者はいません。」と言われているように、神様の深い御心は、神様ご自身の霊によって教えられなければ、決して理解することは出来ないのです。

 

宗教改革者のカルヴァンは「われわれのたましいは、御霊(聖霊)によって照らされるとき、さきにはその輝きによって目をくらませられていた天上の奥義を注視する、いわば新しい視力を得る」(『キリスト教綱要』3234)と記しています。

 

「十字架につけられたキリスト」は、この世の知恵によれば愚かなものに思われますが、実は神の国の栄光に至る奥義であり、それは聖霊によって初めて正しく理解し、神の救いの恵みに与ることができるのです。

 

祈り

 

天の父なる神様、この世界には様々な考えがあり、学識の高い人、様々な分野における専門家と言われる方々もたくさんおられるのです。けれども聖書が語るような神・罪・救いについて、人間とは何かという事についても、神によって造られた人間はいまだに理解できず、神によって教えられ導かれなければ正しい考えや生き方をすることが出来ません。私たちのまことの羊飼いであるあなたの導きのうちに歩み続けることが出来ますように。

イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。