18:5 何か召し上がるものを調えますので、疲れをいやしてから、お出かけください。せっかく、僕の所の近くをお通りになったのですから。」その人たちは言った。「では、お言葉どおりにしましょう。」

18:6 アブラハムは急いで天幕に戻り、サラのところに来て言った。「早く、上等の小麦粉を三セアほどこねて、パン菓子をこしらえなさい。」

18:7 アブラハムは牛の群れのところへ走って行き、柔らかくておいしそうな子牛を選び、召し使いに渡し、急いで料理させた。

18:8 アブラハムは、凝乳、乳、出来立ての子牛の料理などを運び、彼らの前に並べた。そして、彼らが木陰で食事をしている間、そばに立って給仕をした。

 

この当時、旅人がある人の天幕の前に立つことは、もてなしを求めていることを意味していました。ローマ書12章には、「聖なる者たちの貧しさを自分のものとして彼らを助け、旅人をもてなすよう努めなさい。」(ローマ12:13)と言われています。

 

また、1テモテ5章には、よい業に励んだ人の具体例として、「善い行いで評判の良い人でなければなりません。子供を育て上げたとか、旅人を親切にもてなしたとか、聖なる者たちの足を洗ったとか、苦しんでいる人々を助けたとか、あらゆる善い業に励んだ者でなければなりません。」(1テモテ510)と言われています。

 

アブラハムには、多くの使用人がいましたから、普段はそうした人たちがもてなすことをしたと思われますが、ここではアブラハム自身が、給仕をしたことが記されています。前回は、アブラハムがこの人たちを見てひれ伏したことが記されていましたが、彼は、この人たちを自分の主人として覚えながら、主人に仕えている姿として見ることが出来ます。

 

祈り

 

天の父なる神様、私たちを創造し生かしておられる方が確かにおられますが、私たちはその方を確かに認識し、共に歩むことが出来ているでしょうか。主を私の主として認めることが出来ますように。

イエス・キリストの御名前によって祈ります。アーメン。